道の理由


Created: 2010-10-27 Last updated: 2016-02-07 Author:LOBSANG DROLMA

「あなたはどうして僧侶になったんですか?」

それは、俗人が僧侶に対してきっと一度は抱く疑問。チベットの場合、出家し僧院での修行生活に入ると俗の世界からは切り離される。厳しい戒律、厳格な師、難解な仏教。なぜ、あえて困難な道を歩むのかという疑問が浮かぶ。

「僧侶になりたいと私が言ったとき、両親はすごく喜びました。すごく、嬉しかった」

と語るのはアボさん。

「その話しをした時のことも、僧侶になった時のこともよく覚えています」

アボさんは5人兄弟の一番上。三人いる兄弟はみんな僧侶となり、二人いる妹のうち一人は嫁にゆき、一人は家で母親の面倒をみるている。

「私が僧侶になる前までは、チベットでは出家するのはとても難しいことでした。中国の監視が厳しかったですから」

鄧小平の政策により仏教に対する態度が緩和されるまで、アボさんの故郷では僧院はつぶされ、僧侶もほとんどいなかったらしい。

「みんな出家を許されなくて普通の服を着ていましたから、僧侶であるか普通の人であるかわからなかったです。毎月行わなければならない布薩も、することが許されなかったから、夜中に隠れてやったりしていたんですよ」
布薩では最低四人の比丘が必要だが、その当時は寺に比丘の人数が足りなかったとしても、他の寺から比丘をよぶこともかなわなかったらしい。

「そんな状態でしたから、私が僧侶になりたいと両親に告げたとき、両親は二人ともとても喜んでくれました。私も、自分も幸せだし、他の人に対して少しは役に立てるかなと思ってとても嬉しくなったんです」

 仏教に対する政策が緩和され、やっと僧侶が増えてきた時代。当初は仏教の勉強よりまず先に壊された寺院の復旧などの仕事に従事しなければならなかったらしい。それでも、以前の時代に比べれば、ずいぶん仏教に対する締め付けがゆるめられたのだろう。
 アボさんたちの時代にくらべれば、現在少なくとも亡命地であるインドにおいて僧侶になることは以前よりも難しくはない。ただ、出家するその理由は変化してきているのだろうか。

 南インドのデプン寺とガンデン寺の中央あたりに、チベット人キャンプがある。そこから少し細い道を入ると、チャンチュプチューリンと呼ばれる尼寺がある。そこので修行する、アムドから亡命してきた尼僧数人とたまたま話す機会を得たとき、先と同じく出家した理由を聞いてみた。質問に対して、少し答えるのを躊躇した後、彼女たちは、

「家の仕事が苦しかったから」

との答えを返してきた。
 その答えを聞いたとき、少し気落ちした気がした。私はきっと、僧院の生活の方が世俗の家庭生活ようも楽だからという答えではなく、「仏教が勉強したかったから」「人のためになりたかったから」のような自分にとって高尚と思える答えを期待していたのだろう。しかし、よくよく考えるてみると彼女たちの答えは厭離の最初。輪廻の苦しみを見てそれを厭い、そこから解脱しようとしなければ仏教の道は開かれない。その意味で彼女たちは仏教を体現しているといえるだろう。

以前、ある僧侶が、

「確かに私たちは、世俗の人々よりは悪業を積む機会は少ない。金を稼ぐために、嘘を付く必要はないからね。だが、私たちの生活を支えているのは信者たちだ。そして彼らは善業を積むために僧侶や寺院に布施をしてくれる。そこでもし私たちが勉強も何もせず、施主からの布施を無駄にしてしまったならば、我々はひどく思い悪業を積むことになるよ」

と語っていた。

出家の道を選ぶこと。それはとても幸せな道であると同時に、とても険しき道である。