F2 帰謬派の教義の説明


Created: 2009-08-27 Last updated: 2016-09-30 Author:野村 正次郎

F2の帰謬派の教義の説明には、G1定義・G2語源解釈・G3主張内容の三つがある。

G1 定義

 それ自身の特質によって成立しているものを言説としてすらも認めない無自性論者、これが帰謬派の定義である。定義基体は、たとえば、ブッダパーリタ・チャンドラキールティ・シャーンティデーヴァである。

G2 語源解釈

 何故「帰謬派」と呼ばれるのかと言えば、帰謬のみによって対論者の相続上に証明対象を理解する比量が生じる、と主張するのでそのように述べられるからである。。

G3 主張内容

 主張内容にはH1基体・H2道・H3果の三つがある。

H1 基体の主張内容

I1 客体の主張内容

 基体成立であればそれ自身の特質によって成立していないものである、と承認する。基体成立である限り、分別によって仮設されただけのものであると考えているからであり、かつ、この「だけのもの」という言葉がそれ自身の特質によって成立しているものを排除している、と考えているからである。基体成立・客体・所知は同義である。これを分類するとJ1現前態と隠匿態・J2二真実に分類される。

J1 現前態・隠匿態

 証因に依存しないで経験力により理解できる法、これが現前態の定義である。現量・現前態・感官客体・非隠匿法の四つは同義であり異門である。定義基体は色・声・香・味・触等である。論証因や証因に依存して理解しなくてはならない法、これが隠匿態の定義である。隠匿態・非現量法・比量の所量は同義であり異門である。定義基体は、声無常・声人無我などである。したがってこの教義では、現前態・隠匿態の二つと所量の三様態とが対立していると説明される。

J2 二真実

言説を考察する量によって得られる対象であり、かつ、言説を考察する量がそれ自身に対して言説を考察する量として機能しているもの、これが「あるものそれ自身が世俗諦であること」の定義である。定義基体はたとえば壺である。それを分類しても正世俗・邪世俗に分類されない。正世俗が無いからである。世俗であれば正しくないからである。それであれば誤っているからである。そうは言っても世俗を「任意の世間の認識にとって」という観点では、正・誤へ分類することは出来る。色は「任意の世間の認識にとって」という観点では正しいものであり、鏡の中の顔の像は世「任意の世間の認識にとって」という観点では誤ったものであるからである。「世間の認識にとって」という観点で正しいものであるからといって、有である訳ではない。真実成立の色がそれであるからである。

究極を考察する量によって得られる対象であり、かつ、究極を考察する量がそれ自身に対して究極を考察する量として機能しているもの、これが「あるものそれ自身が勝義諦であること」の定義である。定義基体はたとえば壺本性空である。これを分類すれば、前者(の自立派の勝義諦の分類)と一致している。

 これ以外にも過去・未来・滅が事物であると主張し、外部対象も承認している。何故ならば、把握対象・把握主体は別異個体として成立していると考えるからである。

I2 主体の主張内容

あるものそれ自身の仮説基体たる五蘊または四蘊に基づい仮設される単なる私、これが「人」の定義基体であると主張しており、人ならば、心不相応行である。

知には、量知・非量知の二つが有る。量には現量・比量の二つが有る。現量の量には感官現量の量・意現量の量・瑜伽行現量の量の三つがあり、自己認証現量は主張しない。有情の相続にある感官認識であれば錯乱認識である。瑜伽行現量にも錯乱と非錯乱との両方がある。無漏三昧の個体たる瑜伽行現量は非錯乱認識であり、かつ、凡夫の相続にある微細な無常を現量において理解する瑜伽行現量は錯乱認識であるからである。後件証因はそうなる。凡夫の相続にある認識であるからである。既定知であれば現量である。何故ならば、声無常を理解する比量の第二刹那は分別の現量であり、色を捉える感官現量の第二刹那は無分別の現量であるからである。比量を分類すれば、事物の力による比量・常識の比量・喩例を類推する比量・信頼の比量の四つがある。ある客体に対して錯乱していることとその客体を理解していることは対立していない。何故ならば声無常を理解する比量は声無常に対して錯乱しているがそれを理解している、と承認するからである。二顕現を伴う認識であれば、それ自身の顕現に対する現量である。何故ならば、声常住を捉える分別はそれ自身の顕現に対する現量であるからである。認識であれば、それ自身の所量を理解している。何故ならば、兎角の対象普遍は兎角を捉える分別の所量であり、声常住の対象普遍は声常住を捉える分別の所量であるからである。

H2 道の主張内容

 H2道の主張内容には三つある。

I1 道の所縁

 人が独立自存の実体として有ることに関して空であることが粗大人無我であり、人が真実に関して空であることが微細人無我であると主張する。二つの微細無我は空の基体を通して区別されるのであって、否定対象を通して区別されるのではない。何故ならば、「人」という基体の上で否定対象たる真実成立を排除したものが微細人無我であり、「蘊」などの基体の上で、否定対象たる真実成立を排除したものが微細法無我であるからである。微細人無我・微細法無我には、どちらが微細でどちらが粗大かという区別は無く、〔両方とも〕究極的な実相であると主張している。

I2 道の所断

 微細・粗大の人我執及びその種子・それにより生じた三毒及びその種子、これらは煩悩障であると主張している。何故ならば真実把握は煩悩障であると主張するからである。真実把握の習気・その力によって生じた二顕現の錯乱部分・二諦を別異個体であると捉える垢、これら所知障であると主張する。

I3 道の自性

 三乗それぞれに五道が五つずつあるという規定をし、大乗に十地を規定することは『十地経』に基づいている。三乗には異なる智慧の証得種姓はない。聖者であれば法無我を現量において証得していることを承認するからである。

H2 果の主張内容

果を現証する次第は以下の通りである。小乗種姓決定者は、無我の見解を簡略な正理のみによって修習し、それに基づき最終的には小乗の修道たる金剛喩定により真実把握とその種子を断じたと同時に各々の菩提を現証する。中観自立派以下の学派は「無余依涅槃を得るためには、過去に有余依涅槃を得ていなければならない」と主張しているが、この〔帰謬派の〕教義は「有余依涅槃以前に無余依涅槃を得なければならない」と主張している。声聞・独覚の両者に八輩の規定があることを承認し、八輩いづれかであれば聖者であると承認している。大乗菩提を現証する次第は以下の通りである。諸菩薩は、無我の見解を正理のすべての異門を通し詳細に修習して障を断じるが、これについてはまた煩悩障を完全に断じていない間は所知障を断じ始めることは有り得ず、所知障を断じ始めるのは第八地以降であり、劣道を過去に歩んでいない菩薩たちは第八地を得た時、煩悩障を残りなく断じ、最終的に最期相続の無間道に基づいて所知障を残りなく断じと同時に、四身位を現証する。涅槃と滅諦であれば勝義諦である、と主張する。

『解深密経』で説かれる三転法輪のうちの初転法輪と後転法輪であれば未了義経である。その中には空性を示す経典が無いからである。この〔『解深密経』に説かれる〕中転法輪であれば了義経であると考えている。『般若心経』は了義経であるからである。

帰謬派の勝れた特徴の根本は、依存し仮設された論証因に基づいて内外の諸法の上でそれ自身の特質によって成立しているものを残りなく否定排除するにも関わらず、言説としては単なる名称であり仮説有に過ぎないものにおいて、束縛・解脱・因果・所量・計量主体を、他者にとってのものであるとして押し付けなくても、自己の教義として混乱することなく設定出来る、というこのことにほかならない。近年の或る人々は〔自分こそは中観の〕見解を得ていると思い上がり、「顕現面たる諸法は錯乱顕現に過ぎず、石女の子と同様に全く無い」であると捉え、何も思惟しないことを最上の行であると把えているが、これらの人々には帰謬派の匂いさえも感じられない。したがって、生存の円満とすべては燃え盛る焔の波動の如きものに過ぎない、と思い解脱を追及する人々は、正法であるかの如く捏造された悪見を残りなく断じた上で、一切の学説の中でも頂点に位置するこの中観帰謬派の教流こそが最高のものである、という敬意を払う必要がある。

典籍という黄金の地に集積する文意の深層は計り難く
劣知の童子の心を畏怖させる多様な正理の波紋は揺らぎ続け、
多様な見解の千の河が放たれ智者と明晰なる者とが戯れる地
内外の典籍の大きな水蔵の実義をすべて計れる者など居るか

しかし生によって得られた大船を
加行により生じた順風により推し進め、
学説の大海の中心へと辿り着き、
いまここに善説の摩尼の宝鬘を得た。

誰であれ、千万の勝れた学者たちの御前で、
善説の調べの饗宴を拡げたいと思うのなら、
自他の学説の心髄を凝縮したこれが、
若き明瞭な智慧者の集りにより依所となるであろう。

昨今学者であると慢心を起す厚顔無恥な人々は
広大なる典籍を時を掛け学ぶことすらせずに、
ひたすら栄誉を求めて著作したかのような芝居をしている。
嗚呼、これらは何と骨を折り損で、可笑しなものであることよ。

考察に通暁したことから善説は千の閃光を携えて、
立ち昇り、それにより誤った説明というクムダの花が閉じ、
清浄なる典籍という百の花弁を携える大きな森が、
稀有なる意味という微笑みを携えんことを。

インド・チベットの学者たちの典籍の滋養を抽出し、
広大なる学説を顕彰するために著したこれはまた、
競争心や嫉妬心によって突き動かされたのではなく、
私と運命を共にする者の智慧を増大せんがためなのである。

この行いに励んだことから生じた善行が
月の光明さえも圧倒し、これにより、
一切の衆生が悪見の谷底から解放され、
正道による永遠の安息がもたらされんことを。

以上、内外の学説の規定を要約した摩尼の宝鬘というこれは、信仰心篤き考察力のあるクシュリー・ガワンケルサン及び比丘ガワンサンポの二人の委嘱により、クンチョク・ジクメワンポによって水蛇(一七七三)年、上水月(六月)の満日(十五日)に著したものを、タディンツェリンが筆記した。サルヴァマンガラム。

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