2018.06.11

仏法聴き難し、今已に聞く

渡邉温子

「日本の人たちのためにならないなら、もうインドに戻っていますよ」

5月の法話会がすんで京都駅に向かって歩いていたとき、リンポチェがはっきりとおっしゃいました。

「私が日本にいる理由はそれです」

昔の人は仏教を学びにインドまで行かなければいけませんでした。ですが今は、お坊さまたちの方から日本に出向いてくださっています。自分のことだけを考えるならば、慣れ親しんだインドの僧院の中での生活の方が楽しいでしょう。ですが、わざわざ言葉も文化も違う日本に滞在してくださっているのは、一重に、衆生済度を願われてのことです。

「法話会の日程も何のテキストを勉強したいかも、自分たちで相談しあって決めなさい」

と、私たちの思いを、精一杯くみとろうとしてくださいます。できるだけ多くの人が法話を聞ける機会を持てるようにと、心をくだいてくださっているのです。

本来ならせめて広島までこちらから足を運ばなければならないのですが、関西でも法話会をして欲しいとお願いして、毎月京都にお坊さまの方から来ていただております。

6月から、ふたたび京都の安楽寺で法話会をさせていただけることになりました。先日、亡くなられた安楽寺のお母様は、

「以前はダライ・ラマ法王の法話会があると、是が非でも聞きに行きたいと思っていました。だけど、寺で法話会をしてもらうようになってから、『これはダライ・ラマ法王の説法をお聞きしているのと同じだな』と思うようになりました」

とおっしゃっておられました。釈尊から脈々と伝わる法を、僧侶の方たちが私達の眼の前で説いてくださる。これは本当に有り難いことです。

仏法聴き難し、今已に聞く
この身今生に於いて度せずんば
さらにいづれの生においてかこの身を度せん

この得難き機会を、大切にして活かしたいですね。

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