文殊師利大乗仏教会では常時デプン・ゴマン学堂

より厳選されたスタッフを迎えて活動しています。

1932年、チベットの首都ラサの近くキナク村に父チューペル・テンジン、母ヤルドの子として生まれる。11歳の時出家して、当時8000人以上の学僧が在籍していた、チベット仏教の三大学問寺パルデン・デプン僧院タシゴマン学堂に入り、仏教基礎学・波羅蜜多学・中観学を学習し修了した。1959年(27歳)の時に中国共産党のチベット侵略にともないダライラマ法王の後を追ってインドに亡命。亡命後律学を修了した。1967年にチベット仏教における最高学位である「ゲシェー・ラランパ」の称号をダライラマ法王より授与する。1979年にダライ・ラマ法王に命じられ、東洋文庫へと派遣され5年間日本に滞在し、外国人特別研究員として研究者の指導にあたった。1986年にダライ・ラマ法王よりゴマン学堂の第75代学堂長(ケンポ)に任命され就任し、1989年に再び来日し、再び東洋文庫外国人研究員として日本のチベット研究を指導し、岩手大学・名古屋大学・京都大学・九州大学などで講義を行った。1996年ふたたびインドへ戻り、デラドゥンにて怖畏金剛の籠行の前行に入る。1999年春よりゴマン学堂に移り、本行に入り、2001年7月成就する。2001年10月ダライ・ラマ14世に命じられ、再び来日、今日にいたる。

ゲンギャウ(ゲシェー・ロサン・イクニェン師)

1948年インド北部のザンスカールに生まれる。1963年にザンスカールのトンデ寺院にて出家、僧名は「ロサン・イクニェン」と名付けられる。法要や儀軌などをすべて暗記し学習した。「経頭」を1年間務めた。1973年より深く仏教の教義を学ぶために、南インドのゴマン学堂へ移りガリー学寮に入る。ケンスル・テンパ・ゲルツェン師(文殊師利大乗仏教会会長・現在日本在住)に師事する。論理学・般若経学などを治める。1980年よりはゴマン学堂の事務局にて、小中学校の運営業務・学堂付設の裁縫工場長などを担当した。1999年よりゴマン学堂財務部長に就任し、新本堂落慶のための業務に従事した。ゴマン学堂護法堂にて「経頭」を務めたこともあり、学問にも各種の業務にも長け、「ゲシェー・ドランパ」(仏教博士・課程)の学位も取得している。

ゲシェー・ガワン・ドルジェ師 NEW!
Geshe Lharampa Ngawang Dorje

1960年インド/ザンスカール村に生まれる。1974年、ゲンギャウ師の弟子となり、デプン・ゴマン学堂ガリー学寮に入る。1986年 ダライ・ラマ十四世より具足戒を受ける。1986年〜1994年 デプン・ゴマン学堂にてゲシェー・ヨンテン・ダムチュー師に師事して伝統教学課程(仏教論理学・般若学・中観学・阿毘達磨学・戒律学)を終了する。1994年、ゲルク派伝統教学保存協会のゲルク派博士課程を終了し、「ゲシェー・ラランパ」の称号を得る。1993年1月 ギュトゥー密教学堂にて密教の基礎課程を学び、修了する。1999年1月〜チャンツェ法リゾン・リンポチェの命により、ラダックのタルドゥー・チューリンにて教鞭をとる。2008年7月末日本にはじめて来日する。

ゲシェー・チャンパ・トンドゥプ師  NEW!
Geshe Lharampa Jampa Dondup

チベット、カム地方のパルワルに生まれる。インドに亡命し、デプン・ゴマン学堂グンル学寮に入る。2006年までデプン・ゴマン学堂にてゲシェー・ヨンテン・ダムチュー師に師事して伝統教学課程(仏教論理学・般若学・中観学・阿毘達磨学・戒律学)を終了する。2007年1月 ゲルク派伝統教学保存協会のゲルク派博士課程を終了し、「ゲシェー・ラランパ」の称号を得る。2007年1月〜12月 ギュメー密教学堂にて密教の基礎課程を学び、修了する。

ロサン・プンツォク師

1969年チベットのリタンに生まれる。13歳までは家庭の事情で家の仕事の手伝いをして暮らす。16歳のときリタン僧院にて出家し、読み書きから僧侶としての基本を学んだ。1994年より深く仏教の教義を極めるために、南インドに亡命し、ゴマン学堂のハルドン学寮に入り、論理学・般若経学・中観学・倶舎学を学ぶ。顕教の課程を終えた後、ギュメー密教学院の僧侶とともに、砂曼荼羅の作成を学ぶ。1999年〜2002年にはゴマン学堂財務部にて、新本堂の落慶のための仕事に従事する。

ロサン・プンツォへのインタビュー(1)


ロサン・サムドゥプ師 
Lobsang Samdup

1975年チベットのアムドに遊牧民の子として生まれる。17歳のとき出家し、ルツァン寺に入る。1999年インドに亡命し、亡命し、デプン・ゴマン学堂ルンブム学寮に入る。デプン・ゴマン学堂で発行している季刊誌「ドゥムラ」をはじめ、インドの亡命チベット人社会にて発行されている雑誌や新聞などの挿絵を数多く描きイラストレーターとしても活躍する。1985年からデプン・ゴマン学堂にあるルンブム学寮の依頼により、1年間北インドダラムサラに設置されているノルブリンカ・インスティテュートへ派遣され、伝統的な仏画を描くための仏師としての修行をしながら、イラストレーターとしても活躍する。2000年より3年間はデプン・ゴマン学堂新本堂壁画制作委員会に入り、アートディレクターとして活躍しつつ、デプン・ゴマン学堂新本堂の壁画ならびにデザインを担当する。2004年来日し、大聖院弥勒殿の天井絵・壁画のアートディレクションならびに制作を行ない、浄土寺、善通寺では砂曼荼羅の製作も御こなた。2007年はルンブム学寮より半年間イギリスに派遣され、砂曼荼羅の製作などのディレクションを行なう。2008年秋、再び来日し現在に至る。