基本コンセプト
いま何故チベット仏教なのか?
チベット仏教は日本ではしばしば「ラマ教」とか「チベット密教」と呼ばれあたかも、大乗仏教とは異なるもののように扱われていますが、それ厳密に言うとは正しくありません。
仏教には哲学的な論理的な理解を司る分野である「顕教」と「密教」の両方があり、それはチベットにおいても例外ではありません。更に何も仏教の思想を知らない者が、いきなり密教の実践をすることは非常に危険であるばかりではなく、不可能なことです。
密教の見解というのは、顕教の中での最高の見解であると言われている、「中観思想」に基づくものであるからです。
中観思想とはナーガールジュナ(龍樹)が説いた、「すべての存在は命名されただけの存在である」という「空」の意味と、「輪廻や涅槃などのすべてのものは依存関係にある」という「縁起」の意味とが全く矛盾しないものである、という考え方に基づく思想です。
わたしたちはこの仏教の根本思想を理解するためにまず仏教の存在論、認識論、修道論などを体系的に理解する必要があります。よく日本人は忙しいから結論だけ分かればいい、と考えますが、結論に到るためにプロセスが分からないで、その結論だけ理解することなど到底できないのです。
私たちはこれまで宗教とは不条理なものであると思ってきましたが、実はそうではありません。極めて論理的なものであることを教えてくれるのが顕教であり、そして顕教をきちんと学ぶことこそが、慈悲や智慧という大乗仏教の教義の理解を深めて、清浄な実践を可能にするための手段なのです。
釈尊の宗教観と本会の基本精神
一般に考えられているように、宗教とは無批判に信じる対象なのでしょうか。宗教とは個人を否定するものなのでしょうか。それは違います。顕教では大きく分けて二つの論理があります。それは科学的常識的な思考に基づく論理と究極的な哲学的考察に基づく論理の二つです。特に中観思想ではどんなものであっても、それが正しいと考えられる場合にその両方の論理と矛盾しないことが要求されます。そしてそのような論理的な思考を経ないで仏教をすることは出来ません。このことは釈尊ご自身により次のように説かれています。
比丘たちよ、巧みな者とは焼いたり削ったり磨くことによって、はじめてそれが金であることを知る人々のことである。同様に、私の言葉も、正しく考察することによってはじめて、正しく護られるのであって、単なる尊敬によるものではないのだ。
ここでは釈尊を単に人格的に素晴らしいとか、皆が尊敬しているからといって尊敬し信仰するという盲目的な信仰を否定しなければならないことと、個人個人が充分に考える必要があるということとが説かれています。つまり盲目的な信仰は本当の信仰ではないという意味です。仏教では基本的に実践することを強要したり、「救い」を盲目的に求めるのは好いことではないとされています。
このようなことから、本会では、会員が共に大乗仏教を学んで共に考えて、様々な問題を徹底的に議論し、その上で共にこの世界を歩んでいく、ということを基本精神にしています。したがって信仰の強要や実践の強要は一切致しません。そしてそのような姿勢こそが大乗仏教の精神に基づくものであると考えています。
菩提心に基づく利他精神
本会は慈悲と智慧の思想である大乗仏教の顕彰を目的としていますので、利他精神を非常に大切にしています。利他の精神とはゲルク派の宗祖ジェ・ツォンカパの『菩提道次第論』によれば、「自分と他人をどちらが大切なものなのかを考えて価値が等しいものとして自分と他人を交換することをイメージする」という方法によって養われるものです。つまり「自分は大切だが、他人はどうでもよい」というのは正しくないと考えます。何故ならば、自分も他人も幸せを望み、苦しみを望まないという点では同じであるからです。
したがって、他人が自分のことを大切にしてくれると自分は嬉しいのと同じように、自分が他人を大切にすれば、他人は嬉しいということを考えると、自分を大切に思うのと同じように他人も大切に思う必要があるということになります。このように考えることで利他の精神は養われます。
このような精神は大乗仏教のもつ二つの根本思想のうちの一つですので、会員のそれぞれが可能な限りそのような精神を持てるように望んでいます。
伝統に忠実な優れた学習システム
本会が規範としている大乗仏教の解釈は、チベットの傑僧であり、ゲルク派の創始者であるジェリンポチェ・ツォンカパ・ロサンタクパ(1357-1419)の仏教解釈によるものです。ジェリンポチェは戒律・仏教論理学・唯識思想・中観思想などの様々な仏教の深遠なる思想をすべて一つの体系に纏めたばかりではなく、顕教と密教とを全く矛盾しないものであることを論証しその後のチベットの仏教解釈の規範を築いた方です。初代ダライラマはジェリンポチェの弟子でありますし、ダライラマ猊下もこのゲルク派の僧侶であり、チベット仏教の顕教のなかで最もインドの伝統を正しく解釈したものであると言われています。ジェリンポチェは優れた仏教学者であったばかりではなく、大変な成就者でもあり、彼の中観思想は文殊菩薩から直接習ったものであると言われています。
ツォンカパの思想の流れを受け継ぐゲルク派のなかにも様々な学風がありますが、本会ではゲルク派四大学問寺のひとつである、デプン・ゴマン学堂に伝わる学風である、クンケン・ジャムヤンシェーパ・ガワンツォンドゥー(1648-1772)の伝統を日本へ伝えることを目的としています。
ジャムヤンシェーパは大変な学者であり、インドの仏教教典や注釈書などが含まれる大蔵経に他の学僧とは比べようのないほど精通しており、優れた教科書を多く残し、その教科書は東チベット全域、モンゴル、ロシアへと普及したもので外国人が学習する場合にも飽くことなき追求を可能にしてくれるものです。ジャムヤンシェーパのお陰で私たちはジェリンポチェの優れた思想がインドの典籍の何処に由来するのかやインド仏教がどのようなものであったのかを体系的に学ぶことが出来るようになっており、現在インド仏教の研究をする学者にとってジャムヤンシェーパの著作は必携の書となっています。
本会では大乗仏教の源泉を追求し、正しく復興させることを最終目標としていますので、本会で主催される講習会などはすべてこのジャムヤンシェーパの教科書を使用しています。 本会の会長である、ケンスルリンポチェ・テンパゲルツェン師もこのジャムヤンシェーパの学風を継承するゴマン学堂の前学堂長でいらっしゃり、我々はこの学風を途絶えることなく継承することが可能になっているばかりではなく、本会の活動もすべてこのジャムヤンシェーパの伝統のもとに行われています。