作成日: 2010-07-27 最終更新日: 2016-07-02 作成:事務局

龍蔵院とは

_Y4A1583

龍蔵院の御縁起

龍蔵院の御本尊の大聖歓喜天は、御丈五寸五分純金の御姿で、毛利家代々の持仏と言われています。

天正十七年(1589年)2月26日、毛利輝元(1553-1625)公は広島城を築城するにあたり二葉山から牛田山を通ってに地勢を見ようとしたときに、清水滾々と湧出づる泉があったので、そこで輝元公はしばし渇きを癒そうとそのわき水を飲んだとされています。すると不思議と甘味があり、泉の中を探っていたところ燦然として歓喜天さまが出現されたといわれています。輝元公はこの吉祥を悦びて広島城の築城を決意し、その聖天さまを毛利家代々の守本尊として持仏となされたといわれています。

以来この聖天さまは何度か場所を場所をかえましたが、昭和初期になり最終的に牛田の地に戻ってこられることとなりました。以来「牛田聖天」として、多くの方に信仰され、参詣者の列は二股川の下まで並んでいたといわれています。特に、夫婦円満・商売繁盛・家業繁栄の霊験あらたかにして、参詣の方々は静かに身を淨めて、心を引きしめてお参りしなければいけないと謂い伝わっております。

毎月一日、十六日は本尊の御縁日で、朝十時からは高野山真言宗の伝統にのっとった本尊さまのご供養が行われております。

【宗 派】 高野山真言宗
【御寺号】 聖天山歡喜寺 龍藏院
【御本尊】 大聖歓喜天
【御真言】 おんきりくぎゃくうんそわか
【御詠歌】 相いだく 歓喜の二天 奥もなき わざの道かな 人を動かす

龍蔵院とデプン・ゴマン学堂

文殊師利大乗仏教会では、龍蔵院ご住職高橋智運師の御厚意で、2001年よりデプン・ゴマン学堂より来日する僧侶の方々が日本で活動するための拠点として龍蔵院に滞在させて頂き、日本における彼らの活動の拠点として使用して頂いておりました。

2004年7月以降、、ダライ・ラマ十四世法王の教えに従い、この国際平和首都広島の地で昼夜六時、世界平和を祈願し、すべての仏教徒のみなさまの祈りの場、仏教のさまざまな教理の相互理解を深めるための情報交換の場、チベット学研究者のみなさまへの学術情報提供の場となるべく「根本三儀軌」(布薩・夏安居・自恣)ならびにチベット暦に従った各種祭事を勤修する、日本初の正式なチベット仏教の伝統的僧院としての活動を開創する運びとなりました。そしてその活動は「龍蔵院デプン・ゴマン学堂日本別院」と命名することとなりました。

龍蔵院はその創立以来、すべての仏教徒にとって、既存の宗派、宗義といった枠を越えた信仰の拠り所です。21世紀を迎え、ここにチベット仏教の総本山の別院を設置し、私たち日本人がこれまで知る術もなかったチベット仏教僧院の伝統へ触れることを通して、いまいちど遠いインドの地で仏法をお説きになられた釈尊を追想し、弘法大師をはじめとする私たちの先人たちが入唐求法の旅をなされた不動の信念へと想いを馳せるための祈りの場となったのです。