デプン・ゴマン学堂

ゴマン学堂における伝統的教育プログラム

 チベット仏教の仏教観を表す経典の詩句に次のものがある。

牟尼たちは罪業を洗い流すのでもなく 彼らの手が衆生の苦を抜くのでもなく
彼らの覚が他者に与えられることもない 法性の真実を説くことで解脱させるのだ

 これは諸仏が、この輪廻の世界から我々を救済するのは、ただ説法を通じてのみであることを語っている。

 それゆえ仏教の実践とは、まず正しく仏法を口から口へと伝承している師から仏法を聴聞し、その意味を理解し、その意味されている通りに実践するということにほかならない。これが「聞・思・修」と呼ばれているものであり、チベット仏教の僧院とは輪廻から解脱するために決意し、出家した僧侶たちがこの聞思修に日夜励んでいる場所である。そのため一般の人々にとっても、その専門集団の祈りの方向へ自分の祈りを加える「祈りの場」ともなる。

 チベット仏教最大宗派ゲルク派の総本山デプン・ゴマン学堂では約15年間に渡る伝統的な仏教教育プログラムに則って、学僧たちを教育している。最終的にこれらの学級を修了した者は、ゲシェー号(仏教博士)を取得し、各末寺などで布教師として仏教の講義をすることが出来るようになる。まさに仏教のプロフェッショナルを育成するための教育プログラムと言えよう。

 ゴマン学堂で顕教の学習が修了したものは、ゲシェー学位を取得し、その後、ギュメー密教学堂・ギュトゥー密教学堂へと入り、密教の修行をする。密教の学習を終えたものは、再びゴマン学堂に戻り、講義をするか、末寺や支部へと赴き講師として弟子達の養成をする。

 仏教哲学の聖典の学習カリキュラムは、いちど伝統的な学問寺に在籍し問答の基礎を習得した後にゴマン学堂に入学した学僧と、最初からゴマン学堂で学習する学僧との両者で若干異なっている。

 まず他の学堂や僧院からゴマン学堂に新規に入学した学僧の場合、既に他の学堂において基礎的学問を修めているので、通常修得すべきはずの仏教基礎学(ドゥラ bsDus grwa)・精神分類学(ローリク Blo rig)・証因論理学(ターリク rTags rigs)の三科目は免除され、現観荘厳論七十義(トンドゥンチュ Don bdun bcu)のクラスへ直接入ることが許可される。彼らは最初に現観荘厳論七十義を学習し、波羅蜜多学の開轍者規定(シンテーソルチェー Shing rta'i srol 'byed)へと進級することとなる。

 最初からゴマン学堂において学習を開始した学僧たちは、仏教基礎学初級(bsDus chung)、仏教基礎学中級(bsDus 'bring)・仏教基礎学上級(bsDus che)、証因論理学(rTags rigs)、精神分類学(ローリク Blo rig)、という順で進級する。これらについて若干説明してみよう。

  1. 仏教基礎学とは何か
  2. 証因論理学とは何か
  3. 精神分類学とは何か
  4. 仏教基礎学・精神分類学・証因論理学の文献的典拠
  5. 現観荘厳論七十義

1. 仏教基礎学(ドゥダ bsDus grwa)とは何か

 仏教基礎学(ドゥダ bsDus grwa)でどのように学習するのかは、次の通りである。

 まず初心者は教科書の講読授業にいきなり参加することが許可されず、「色彩と形態の規定」(kha dog dkar dmar)・「有の理解と無の理解」(yod rtogs med rtogs)・「普遍と特殊の規定」(sPyi dang bye brag)・「定義と定義対象」(mTsan mtshon)などの仏教基礎学初級の科目の簡単な概説や講義を受けなければならない。この期間、彼らは基礎的事項を学びながら、実際に問答法苑(チュラ chos grwa)に出て、帰謬式の構成についての訓練や問答の仕方についての訓練を受けなければならない。

 こうした伝統は、僧侶たちが論理学的な基礎知識や理解を修得し、それぞれ考えていることを正しく表現することが出来るようさせるためのものである。この種の議論の形式は、その後何年間もかけて学習するカリキュラムで使用されるものであり、問答形式で行われる講義や講義内容を同級生たちと問答する作法をこの期間身に付ける必要があるのである。

 聖典や教科書を学習する際、基礎的な作法を身に付けていなければ、どれほど一生懸命に聖典を学習したとしても、それほど効果がない。伝統的な基礎的な表現方法を修得した者ならば、仏教聖典の真の意味を理解するために、自分の考えで聖典の意味を分析し、思考することが可能となり、聖典の意味を疑問に思った際もそれを適切に表現することが出来るのである。

 更にこれは聖典の意味を教えてくれる先生に質問する際にも、分からない箇所が何処なのか、何処に問題があるのか、ということを自分たちで整理することが出来る、ということである。伝統的にこれらの手法を身につけることは「聖典の意味を開くための鍵を得ること」と言われている。ある程度基礎の手法を身に付けたのならば、その後に仏教基礎学の科目に課せられる講読授業に出席することが許可される。その後約三年間基礎学を学習することで、難解な科目に頻出する複雑な議論にもついていけるようになる。

2. 証因論理学(ターリク rTags rigs)

 仏教基礎学(ドゥダ)の初級・中級・上級を修了した者は、次に証因論理学(ターリク)のクラスに入る。証因論理学のクラスは約一年間行われる。このクラスでは正しい思考を組み立てるための論証因の三条件に対する分析や、「他者の排除」という概念についての規定、正しい論拠と誤った論拠との差異、問答を行う際の前主張者と後主張者などといった伝統的な論理学上の概念規定を学習する。無事この学級を修了すれば、精神分類学の学級へ進級する。

3. 精神分類学(ローリクBlo rig)

 精神分類学(ローリクBlo rig)のクラスは約一年間行われる。この期間、知覚・推理・既定知・疑惑・憶測・顕現不確定というチベット精神分類学での伝統的な七種類の精神の分類と、その各項目を学習する。これらの項目を学習することで正しい認識の定数の証明の仕方を修得できるようになっている。次に心・心作用、および精神の対象を把握の形式についての分析が行われる。

 一般的にこの精神分類学を修めることにより、五大聖典すべてに通底する心の働きについての規定、仏教哲学の学派それぞれの考え方の規定、四部タントラ聖典の規定、仏教的世界観における精神面、原子や分子などから構成されている物質が知覚にどのよう現れるのかということを考えることが可能となる。したがってこの精神分類学における精神についての規定は極めて重要な学問なのである。

4. 仏教基礎学・精神分類学・証因論理学の文献的典拠

 精神分類学・証因論理学の文献的典拠はどこにあるのかといえば、これらはインドの大学者たちが著した仏教論理学・認識論のテキストを典拠としている。テンギュiチベット大蔵経論疏部)のなかには、因明部として、二十一帙にも及ぶ仏教論理学・仏教認識論の典籍が存在しているが、それ以外の箇所にも多くの仏教論理学・認識論のテキストがあり、それらのなかでも特にすぐれたものとして、ダルマキールティの著作である、深遠なる七部の論理学書というものが存在している。しかしこれらの書物は初心者には極めて難解であるために、むかしサンプ大学問寺院においてチャパ・チューキセンゲが七部の論理学書の内容をまとめ、経量部の論理学的な思想構造に適用させてまとめた「仏教基礎学」(ドゥダ)という学問が確立された。

 これは「赤い色彩や白い色彩」(カドーカルマル)という章をはじめとする十八の基礎的な項目に分けられていた。この書物を下敷きにして、ジャムヤン・ラマ・チョクラウーセル('Jam dbyang bla ma phyogs lha 'od zer)が『ラトゥードゥダ』Rwa stod bsdus grwaという書物を著作した。それ以後『ラトゥー・ドゥダ』は仏教哲学を学ぶ初学者たちの大部分にとっての大黒柱のような存在とされた。『ラトゥー・ドゥダ』以外にはジャムヤンラマか狽ヲて十四代目のラトゥー学堂の学堂長セルカンパ・ダムチュー・ナムゲル(Ser khang pa Dam chos rnam rgyal)がツェンポ・ガワン・ティンレー・ルンドゥプ(bTsan po Ngag dbang lhun grub)に著作させて、後になって出版された『ツェンポ・ドゥダ』bTsan po bsdus grwaという書物があり、ここでは基礎学を二十一項目に分類している。これ以外にもクンケン・ジャムヤンシェーパ(Kun mkhyen 'Jam dbyang bzhad pa'i rdo rje Ngag dbang brtson 'grus dpal bzng po)の「赤い色彩や白い色彩」(カドーカルマル)などの小さなドゥダや、クンケン・ジャムヤンシェーパの精神的継承者である、トゥクセーガワンタシー(Thugs sras Ngag dbang bkra shis)が著したセードゥラ(Thugs sras bDus grwa)などの数多の書物が存在している。

 これらは「五大典籍」(gZhung chen lnga)を学ぶまでの基礎を身に付けるためのものであり、上記のごとく仏教基礎学・精神分類学・証因論理学などの論理的な展開をするためのプロセスを確立し、それぞれの学僧が抱く思考のすべてについて論理的な展開が充分に行われるようになった時点で、五大典籍を読んだり、講義を受けることが開ウれることとなっており、これはチベットの伝統的な学問寺で行われている伝統として確立している。

 以上のような仏教基礎学から精神分類学に至るまでの仏教哲学をまず習得し、よい成績を修めたならば、その時点から現観荘厳論七十義の授業へ参加することが許可されるのである。

5. 現観荘厳論七十義

 現観荘厳論七十義の学級は約一年間行われる。この期間中に『地道規定』(Sa lam)『学説規定』(Grub mtha')『現観荘厳論七十義』(Don bdun bcu)などが学習され、講読の授業の前に問答が行われる。さまざまな場所で問答などを学習した者や、他の学問寺で学習した者や、ゴマン学堂で最初から学習しているものたちは、この期間から一緒に学習することとなるのが伝統である。その後に、秋期大法期(sTon chos chen mo)より開轍者規定の問答が行われ、白地法会期(Sa dkar chos grwa)において過去の口訣に従い、兜率五供養法会期(lNag mchod chos grwa)に三士の規定などの問答が行われ、インド・チベットの偉大なる聖典に対する学習が開始される。

 なかでも秋季大法期に行われる開轍者規定の問答は極めて重要であり、ナーガールジュナやアサンガがその後の中観と唯識とい偉大な馬車が通るための轍をどのように開いたのかということをはじめとし、『現観荘厳論』が説明している経典が一体何なのかということや、その説明と経典の本文とがどのように対応しているのかということや、過去の偉大なるインド・チベットの学者たちがどのように考えていたのか、といったことをこの期間で対応させる必要がある。この開轍者の規定とは、波羅蜜多学八章をまとめたものであるという伝統的な説明も有名である。

 これらの期間の間に僧侶たちは、すべての学寮に共通している先生・個々の学寮ごとに置かれている先生・聖典を教えてもらう先生・各僧侶たちのもともとの先生といった諸先生から、法要の式次第・勤行のやり方・問答で述べる論証式の構成の仕方・問答の際の返答の仕方・先生たちの身分や上下関係・先生のところにいって聖典を教えてもらう際の心得などを教えてもらう。特に学堂で新ノ仏教哲学を学ぶ者には問答をする仕方・先生に対しての質問や応答の仕方・問答の原因となるような箇所・問答の結果どのような結論が導かれるのか・その問答の意義が何であるのか・問答の展開がどのようになっていくのか、といったことをしっかりと学ぶ必要がある。これらの良く学び規定の期間を終えたらチベット暦の十月十六日の冬季大法会の上弦月の日より、「聖典初級」の学級へと進級することとなる。

 現観荘厳論七十義の学級より中観学上級・中観学初級までの間は、カーラムゲシェー(博士課程前期に在籍している学生)と一緒に質疑応答を繰り返す必要がある。各学僧はカーラムゲシェーと互いにその時点で学んでいるテキストを元にして、論理的な筋道をつけ、御互いに質問や解答、反論や批判を交互に繰り返す必要がある。これらの作業によって各学僧たちはテキストに対する理解を深めていくことが出来る。現観荘厳論七十義から波羅蜜多学の修了までは約五年間正しく学ぶ必要がある。