作成日: 2010-03-27 最終更新日: 2016-09-23 作成:事務局

F1 大乗門とは発心のみである

このように大乗に入らなければならないのならば、どのような門から入ればいいのか。それ(大乗)には勝者によって波羅蜜多乗と真言乗という二つが説かれているのであって、それ以外の他の大乗は無い。その二つのいずれの門に入るとしても門は菩提心のみである。それが心相続乗にある時に生じているのなら、他の何〔の功徳〕も生じていなくとも大乗に入るのであり、そこからもしも離れてしまうのならば、その時には、空性を理解している事などの如何なる功徳があろうとも、声聞地などへと堕し、大乗から堕落してしまうのである。このことは多くの大乗仏典で説かれていることであり、正理によっても成立する。

 しかるに大乗者とはその〔菩提〕心が有るのか、無いのかというということに左右されている。そのようなことはまた『入菩薩行論』でも発心すれば、その直後から勝子となると説かれるし、『弥勒解脱経』にも

善男子よ。譬えば、ダイヤモンドは、粉々に砕け散ってしまうとも、一切の優れた金の宝飾品を猶圧倒して、ダイヤモンドという名前をも棄てることもなく、ありとあらゆるすべての貧困を取り除くだろう。善男子よ、このように一切智へと心を起こすならば、たとえ努力を欠いたとしても、声聞独覚の功徳という黄金の宝飾品を圧倒するのであり、菩薩の名を棄てることはなく、ありとあらゆる輪廻という一切の貧困を退けるのである。(1)シャーンティデーヴァ『大乗集菩薩学論』や『修習次第初篇』などに引用される経典。『華厳経』入法界品。大正 No. 278, 779c-780a。

と行を学んでいなくても、その心が有るのならば、菩薩であると説かれている。

 以上のことから〔修行しようとする〕法が大乗法であるというだけでは不充分なのであり、その人が大乗へと従事しているということが重要なのである。大乗の者であると言うことも菩提心というこのものに依っているのであり、その心を聞いたことがあるだけであれば、大乗者であるということもその程度に過ぎなくなり、その心がもしその条件を充たすようなものであるならば。大乗者にも清浄なるものがもたらされるのである。それゆれこの〔大乗の心〕に努めなければならないのである。『華厳経』にも「善男子よ、菩提心とは仏の一切法の種子の如きものである」と説かれている。このことに確信を得なければならないので、これについて説明しておこう。

 水・堆肥・温度・土等は、もしも稲の種子と組み合わされば、稲の芽の原因を為すが、小麦・大麦等の種子と組み合わさっても、それらの芽の因を原因を為すだろう。しかるに〔これら水などは〕それら〔芽〕の共因である。これに対して、麦の種子は、如何なる縁組み合わさっても、稲等の芽の因とは成り得ないので、麦の芽の不共因である。それによって捉えられている水や堆肥も麦の芽の原因となる。これと同様に、無上菩提心は仏の芽の因のなかでも種子のように不共因であり、空性を理解する智慧は、水や堆肥等と同じように三つすべての菩提の共因なのである。それゆえに、『宝性論』では、「勝乗に信解することは種子であり、智慧は仏と法を生みだす母であり」と勝乗を信解することは父の種子であり、無我を証得する智慧は母の如きものであると説かれている。これはたとえば、父親がチベット人であれば、漢人やモンゴル人が生まれ得ないから、父親は子供の民族を決定する因であるが、母親がチベットである場合には、子供様々な種族が生まれ得るので共通因であることになる、ということと同様である。このことをナーガールジュナも、

諸仏・諸独覚・諸声聞たちが必ず依らねばならない、解脱の道は、あなた (般若波羅蜜多)だけなのであり、それ以外のものは無いことは確実である。

と般若波羅蜜多を礼讃し、声聞・独覚もそれに基づいているのであり、それゆえに般若波羅蜜多を「仏母」と説かれることによって、大乗・小乗という二人の子供の母なのであり、空性を理解する智慧で大乗・小乗と分けるのではないのであって、菩提心や行がより広大であることで〔大乗と小乗とを〕分けているのである。『宝行王正論』でも、

声聞乗では、菩薩たちの祈願や行や廻向などが説かれているわけではない。それゆえに、菩薩となることが一体どうしてあるだろうか。Ratnāvalī, IV k.90

というように〔空性を理解する〕見解によって〔大乗・小乗を〕区別するのではなく、〔修行すべき内容である〕行によって区別する、ということが説かれている。

 このように空性を理解する智慧もまた、大乗の道に不共のものとはならないのならば、それ以外の諸々の〔声聞・独覚などで説かれている〕道〔が不共の因〕は言うまでもないである。しかるに菩提心を教誡の中心であると考えてそれを学ぶ必要があるのである。

注釈   [ + ]

1. シャーンティデーヴァ『大乗集菩薩学論』や『修習次第初篇』などに引用される経典。『華厳経』入法界品。大正 No. 278, 779c-780a。